広島回想〜日々雑感

1988年、父の転勤で広島に移住。中学・高校と広島で過ごした6年間の出来事と記憶をひも解きます。

1年の計を終えて

2025年の仕事納め。明日から9連休。今年5月に相模原に移ってから広島とは縁遠くなっている。庚午南の部屋で年末年始を過ごした日々が懐かしい。京谷さんともこの所、少し縁遠くなった。いつかこんな日が来るんじゃないかと頭をよぎってはいた。新たな出会いが欲しいとも思う。この連休は妻子と面会、その後は科学大受験の準備だ。

出雲市駅前のホテルにて

文化の日を含む3連休、宿や指定席が混み合う中、間隙を縫って、浜田経由で出雲に来た。辛うじて空いていた駅前のスーパーホテルに投宿し、ベッドに転がりながら、戸塚に手頃な物件を見つけた。取扱う不動産屋は連休明けから営業だと言う。連休明け直ぐに電話するつもりだ。

暫く広島に

宿で眠れないのを理由にまた神奈川に部屋を借りようとしていたが、昨夜は呉のコンフォートホテルで5時間ほど眠れた事から、部屋は借りず、娘との面会には宿を使う事にした。これで暫くは広島に住む事になろうか。そろそろまた庚午通いを始めても良いかも知れない。

初夏広島。迷いの中で。

何回目になるだろう。一昨日から部屋を借りて、1ヶ月ほど広島に住むことにした。30〜35年前の思い出と、昨年1年住んだ記憶が交錯する。今治で求職活動しなければ、広島に居る意味は半減するだろう。就活の結果が、今後の居場所を迷いから開放するかどうか。

庚午への引越しに光。

今日、地元最大手の不動産屋と遣り取りして、庚午の賃貸物件への引越しに、僅かな希望があることが判明した。すなわち転職の最中でも、審査を通すことは可能だという。自転車で余り長い距離を走れない体調の中、庚午への移住は悲願である。

読んで頂けてる様なので。

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明日から師走というこの時期。高須に借りた独立開業用の部屋を先日解約申込みした。化学物質過敏症の彼女とも先日別れた。新しい動きもある。本日B型事業所の見学に行った。来週からは事業所の体験だ。暫く大芝に住むことになりそうだ。広島旧市内に住む喜びをもう一度噛みしめる。

A型事業所に辛うじて通いつつ。

皆勤を続けていた紙屋町東のA型事業所を8月末から休みがちになり、9月は半分休み、10月は殆ど出勤できなかった。今週初めに初めて広島のメンクリ、J医院に行って気が楽になったお陰もあろう、その翌日からその事業所には午後のみだが出勤できている。心理学の大学の出願はもう1年見送る事になりそうだ。好きな数学の勉強をしたい気もする。まだまだ進路は定まらない。